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【政治経済の用語解説】人道的介入


人道的介入とは、当該領土政府の同意無しに人道支援を行うことである。多くの場合武力行使を伴うことから、その正当性をめぐって国際法学者・国際政治学者・外交官の間で盛んに議論が行われてきた。

人道的介入が我々にディレンマを突き付ける理由は二つある。

一つは絶対平和と絶対倫理のディレンマを突き付けてくるためだ。絶対平和とは武力行使をせず戦争を起こさないという強い要請であり、絶対倫理とは苦しんでいる人を助けるべきという同様に強い要請である。

もう一つは内政不干渉と人権保護のディレンマがである。内政不干渉原則は、大国の小国への政治・軍事介入を防ぐための強力な砦である。しかしこれを盾にとって、自国内での人権侵害を辞めない為政者はいたし、これからも出てくるだろう。

現在の国際社会では、個人の人権を守る第一義的な責任は領土政府にある。しかしその政府が人権を守る意思、能力もしくはその両方がない場合、個人の人権を守る主体は国際社会に移行すると考えられるようになってきた。それでは誰が意思もしくは能力がないと判断するのか。それも恣意性が絡む重要な問題だ。

人道的介入の根拠としては、他国への侵略、内戦に伴う人道危機、自国民保護などが挙げられる。しかし武力行使を伴う人道的介入の場合、目的に対して適当な手段が取られていないことがままある。

例えば1998年のコソヴォ紛争では、NATO軍が安全保障理事会の授権決議なしに空爆を行った。この介入は激しい論争を巻き起こすことになった。現在の国際社会では、自衛権を行使する軍と安全保障理事会の授権を受けた多国籍軍のみが、国際的に正当な武力行使の主体であるとされている。

一方に上記二つ以外の武力行使は違法という原則を貫き通し、人道的介入を認めない論者がいる。しかし彼らが認める最後の切り札である経済制裁も、権力者のみならず一般市民を苦しめるという意味ではかなりの不正義が含まれている。

もう一方に介入による悪は、放置による悪より少ないと主張する論者がいる。しかし彼らの主張は一度介入してしまえば、しなかった場合との比較検証が出来ないため、決定論的に是非を問うことは困難だ。

またコソヴォ紛争におけるNATO軍のように、自軍の犠牲を減らすために地上軍を派遣しなかったことも批判の対象となっている。

現在事実上の内戦状態となっている南スーダンPKOを派遣している日本にとっても、人道的介入は他人事ではない。実際アメリカでは、ソマリアに派遣した自国のPKO要員が殺害され、世論が紛争地への派遣への態度を硬化させた。

考えたくはないが、日本人も自衛隊員の犠牲が出た時への備えをするべきではないだろうか。

人道的介入―正義の武力行使はあるか (岩波新書)

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