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エネルギーで一身独立

自由・自立・自律と、エネルギー問題を中心にサステナビリティに関する有益な情報を提供するための記事を書いています。

【ディスカッション・ペーパー】日本の地球温暖化対策中期目標「約束草案」は妥当か。

ディスカッション・ペーパー 気候変動 日本の包括的なエネルギー政策


本記事では、昨年提出された日本の地球温暖化対策中期目標であり、国際的にコミットした公約でもある「約束草案(INDC: Intended Nationally Determined Contributions)」の妥当性を検証する。

約束草案とは、2020年以降の国際的な気候変動対策を話し合う昨年のCOP(締約国会合:Conference of Parties)21を前に、各国が表明した2020年以降の地球温暖化対策目標である。約束草案は「公平で野心的(fair and ambitious)」であることが求められ、日本は昨年の7月に「2013年比で温室効果ガスの排出を26%削減」するという目標を、約束草案として発表している 。

政府の約束草案への批判は、以下の4点にまとめられる。1点目は、政府の約束草案が前提としている「日本は世界一の省エネ大国」という認識は、事実とは異なる点である。2点目は約束草案が、産業界への負担を最小限に留めることに優先順位を置き、排出を減らすことが二義的になっている点である。3点目は、政府の説明とは異なり、日本の約束草案は国際的に合意されている「2℃目標(産業革命前と比べて世界の平均気温上昇を2℃ 以内に抑えるという目標)」や、日本がコミットしている1990年比で2050年に80%削減と言う目標と整合的ではない点である。4点目は、用いられた2013年という基準年が、日本にとって都合の良いものになっている点である。

まず1点目から見ていこう。政府が公表している「日本の約束草案」 では「GDP当たりの温室効果ガス排出量は0.29kg/米ドル(2013年)、人口一人当たりの排出量は 11t/人(2013 年)であり、我が国全体のエネルギー効率(一次エネルギー供給/ GDP)も 95 石油換算t/百万米ドル(2013 年)」というデータを挙げて、日本は既に最も進んだ省エネ大国であると主張している。

このような言説は「日本は石油危機以後、官民を挙げて省エネを達成し、温室効果ガスの限界削減費用が高い」という、いわゆる「乾いた雑巾」説につながる。しかし上記3つのデータのうち、最初の2つについては反論出来るデータが見つかったので紹介したい。
世界銀行のデータ によれば、購買力平価でみた2011年のGDP当たりの二酸化炭素排出量は、日本の0.3kgに対してイギリス0.2kg, フランス0.1kg, ドイツ0.2kg, イタリア0.2kgとなっており、このデータに基づけば、もはや「日本は世界一の省エネ大国」と言うことは出来ない。

またOECDのデータ によれば、日本の一人当たりの温室効果ガス排出量は、1990年から2014年まで一貫して10から11トン程度で推移している。一方2014年時点でスウェーデンが5.6トン、スイスが6.0トン、イタリアは6.8トン、フランスは7.2トン、デンマークは9.32トンなどと、日本の値を下回る国はいくらでも出てくる。

このように政府が想定している「日本は世界一の省エネ大国」であるという、約束草案を決める際の前提は、根拠に乏しいことが明らかである。政府の想定が誤っているのならば、政府の主張よりも野心的な温室効果ガス排出削減目標を立てることが可能ではないだろうか。この問いが2点目の批判につながる。まずは政府の約束草案で想定されている目標達成経路を確認してみよう。

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「出典)温室効果ガスインベントリオフィス
全国地球温暖化防止活動推進センターウェブサイト(http://www.jccca.org/)より」


以上の図のように、オフィスなどの「業務・その他部門」や「家庭部門」は40%の排出削減を求められているにも関わらず、発電所などの「エネルギー起源二酸化炭素部門」は25%、「産業部門」に至ってはわずか7%の排出削減しか求められていない。この背景には「乾いた雑巾」説が、未だに幅を利かせ、産業界への排出削減努力を促すモメンタムを最小限に留めていることが指摘出来る。この傾向は、麻生政権の際に発表された「長期エネルギー需給見通し」の時から変わっていない。

(諸富・浅岡, 2010)は、「長期エネルギー需給見通し」において産業部門の排出を最小限に抑えるようなシナリオが生まれる背景には、「既存の産業構造の姿を基本的に変更しないとの想定が置かれているという事情がある(前掲書, pp16)」ことを指摘している。今回の約束草案策定においても、同様のモメンタムがはたらいたと想定出来る。すなわち産業界の排出削減を最小限に留め、足りない部分を「業務・その他部門」や「家庭部門」で帳尻を合わせているのである。

しかし10年後、20年後も同様の産業構造を維持しているという想定は果たして妥当だろうか。実際日本の過去30年を振り返っても、日本のGDPに貢献した産業(日本の稼ぎ頭と言っても良いかもしれない)は大きく移り変わってきた。(前掲書, pp17-24)では、「電気機械」産業が日本の製造業GDPに占める割合は、1980年の2.1%から2008年にはなんと31.1%まで伸びていることや、総就業者数に占めるサービス業従事者の割合が、1980年の17.7%から2008年には35.1%にまで増えていることが指摘されている。一方温室効果ガスを大量に排出する「非鉄金属」「鉄鋼」「窒業・土石製品」「石油・石炭製品」「化学」「パルプ・紙」といった産業は、GDPに占める割合を低下させていることも指摘されている。

このように見ると、経済成長の中心から外れた衰退産業が、低炭素社会を目指す変革を拒否している構図が見えてくる。このような状況において政府が取り組むべきは、衰退産業の温存ではなく、新しい産業の創出と一体となった低炭素社会の実現だろう。

3点目の批判に移ろう。政府の約束草案は、2050年目標に「整合的」であると主張している。しかしClimate Action Trackerという専門家のグループからは、4段階のうち最低評価の「不十分(inadequate)」という評価を受けている。(明日香, 2015, pp148)においても、2050年目標の達成は「ほぼ不可能」と指摘されている。筆者は専門家ではないので、日本の中期目標が長期目標と整合的であるか否かの判断は出来ない。しかし「炭素税(正式名称は『地球温暖化対策税』)」が石炭火力発電所への投資インセンティヴを妨げない水準で運用されている(日本国内に48基もの石炭火力発電所の新規建設計画があることが、その証左である)ことや、国レベルの排出権取引が一向に導入されないことなどを踏まえると、政府が本当に野心的な目標を作ろうとしたのかという本気度を疑ってしまう。

最後の4点目の批判として、基準年の問題が挙げられる。約束草案の基準年として、政府は2013年を用いている。なぜ多くの研究機関や政府が用いている1990年を用いなかったのか、という問いが当然の疑問として上がってくる。1990年比に直せば、政府の目標は2030年に18%削減となる。数字を大きく見せたかったという安易な意図があったと疑われても仕方ない。2013年という約束草案の基準年は、日本の温室効果ガス排出量が2番目に多かった年であることもこの指摘を裏付けている。この点は(明日香, 2015, pp148)も指摘しており「『無知』あるいは『狡猾』という印象を与えたように思われる」と批判している。

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「出典)温室効果ガスインベントリオフィス
全国地球温暖化防止活動推進センターウェブサイト(http://www.jccca.org/)より」


「パリ協定」の合意の1つとして、2018年から5年ごとに各国の約束草案がプレッジ・アンド・レビューされることになった。2018年に日本の約束草案が公平でも野心的でもないことが白日の下に晒され、日本人が恥ずかしい思いをすることが懸念されてならない。


【参考文献】
明日香壽川(2015)『クライメート・ジャスティス―― 温暖化対策と国際交渉の政治・経済・哲学』日本評論社
諸富徹・浅岡美恵(2010)『低炭素経済への道』岩波新書1241

低炭素経済への道 (岩波新書)

低炭素経済への道 (岩波新書)


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