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エネルギーで一身独立

自由・自立・自律と、エネルギー問題を中心にサステナビリティに関する有益な情報を提供するための記事を書いています。

【映画評】原発計画を止めた名も無き市民たちのドキュメンタリィ映画「シロウオ」を観てきた。


以前名刺交換したカメライターのかさこさんが監督した映画の上映会が、近所で開かれたので観てきた。
原発立地自治体はリスクを一手に引き受けている被害者だというのが通説だ。しかしこの映画を見れば、今原発がない自治体にも、かつて数々の原発計画があったことが理解できる。


住民を分断させる原発マネーと「安全だという自己催眠」


映画の中で一番罪深いと感じたのは、それまで仲良く暮らしていた住民同士が、原発の賛否をめぐって分断される点だ。
いったん原発建設計画が持ち上がると、推進派の議員や住民は議論を拒否し、自由にモノを言えない空気ができていくという。


このくだりを観て、原発事故時に対応にあたった田坂広志氏の著書「官邸から見た原発事故の真実」の「安全だという自己催眠」というくだりを思い出した。


田坂氏はその心理を以下のように分析している。

「周辺住民や国民に『安全になりました。安心してください』と伝えようとし続けることが、逆に、自分たち自身に、『安全になった、安心して良い』という自己暗示と自己催眠をかけることになってしまうのです(中略)
 今回の福島原発事故の遠因となった『原発の絶対安全神話』は、そうした『自己催眠』の心理から生まれてきたからです。
 地元の住民の方々に、原発の立地を認め、建設を受け入れてもらうためには、『原発とは、かなり安全な施設です』では納得が得られなかった。そうした状況の中で、『原発は絶対に事故を起こさない施設です』という、技術的にはかなり疑問のある説明をしてきたわけです。そして、そうした説明を繰り返すうちに、『原発は絶対安全でなければならない』という責任感が、『原発は絶対安全である』という思い込みになっていったわけです」


NIMBY問題


また改めて感じたこととして、原発立地の問題は典型的なNIMBY問題であるということだ。NIMBY(not in my back yard)とは、「私の裏庭に迷惑施設を置くのは勘弁してくれ!」という意味で、社会にとって必要なものも、自分の近所には置いてほしくないという感情を表す言葉だ。
基地問題やゴミ処理場の問題なども例として挙げられる。


しかし、国のエネルギー安全保障上、原発が必要だとしたらどうするのか。このNIMBY問題に国民と政府は真剣に向き合わなければならない。


民主主義の原点


もう一点改めて感じたのが、おかしなことにNoというのが民主主義の原点だということだ。


「シロウオ」に出演した人たちは、民宿や畜産業や漁業といった自らのナリワイに誇りを持ち、敢然と原発計画にNoを突きつけた。
私たちは民主主義の社会に生きているのだから、おかしなことにNoを突きつける権利がある。常に空気を読む必要はない。
おかしなことはおかしいと声を挙げるあなたを、とがめる権利は誰にもないのだから。


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