一身独立

多動性を発揮し、「21世紀の百姓」を目指す27歳元エリートのブログ。

【映画評】『ミツバチの羽音と地球の回転』


浮ついたところがない。地に足が着いている。それらが鑑賞後最初の感想だった。
どのようにしたら、市民生活と摩擦を起こさずにエネルギー供給を確保できるのか。
その一つの問いに製作者が丹念に向き合っていることが視聴者に伝わってくるからこそ、このような感想につながったのだろう。

また、取材対象である市民が何度も何度も感じ考えてきたことを、聴き手である監督が引き出すことに成功している。
だからこそ、この映画は平凡な一般市民の独白を視聴者に聴かせることができるのだろう。


次に次のようなことを考えついた。「エネルギー自立とは権力である」と。
作品の中心舞台である祝島(いわいしま)は、3.5km離れた近隣の島での上関原発建設計画に1982年以来数十年に渡って晒されてきた島だ。
それと同時に瀬戸内海の豊かな漁場と雨の少ない天候で育つ農作物に恵まれた、風光明媚な島でもある。
作品の中では描かれていないが「祝島自然エネルギー100%プロジェクト」という取り組みがあるという。
その名の通り、祝島で使われるエネルギーを100%自然エネルギーで賄うことを目指す取り組みだ。
自然エネルギーによりエネルギー供給を受ける地域は、外界からエネルギーを供給を受ける必要がなくなる。
極端に言えば、日本中のエネルギーを自然エネルギーで賄えれば(必要な機器や資材に投じられるエネルギーを除けば)エネルギー資源輸入の必要はなくなるのだ。


エネルギーの自立を達成した地域はある権力を手にする。エネルギーに関わるNIMBY*1施設を拒否する権力だ。
NIMBY問題は、多数の拡散した便益を受ける主体と、少数の集中した損害をこうむる主体を構成要素として生ずる。
そして少数の集中した損害をこうむる主体も便益を受けている。
このことは、ゴミ処理施設の周辺住民もゴミ処理施設の恩恵を受けていることからも理解できる。
しかしこの状況で少数の集中した損害をこうむる主体が、自力で汚染を出さないゴミ処理を始めたらどうなるだろか。
彼らはゴミ処理施設の損害のみを負うことに納得しないだろう。そしてゴミ処理施設の建設を拒否するのは自然なことだ。


「プロジェクト」が成功すればこのような権力を祝島は手にできる。ついにNIMBY施設を建設しようとする余所者に打ち勝つことができるのだ。


このようにエネルギー自立は権力として構想することができる性質のものだ、というのがこの映画を見て考えた試案である。


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祝島自然エネルギー100%プロジェクト
http://www.iwai100.jp/


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*1:原子力発電所やゴミ焼却施設などの必要性は認めるが,居住地の近くに作られるのは困るという考えを表す言葉(大辞林第三版)」'Not In My Back Yard'の省略

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