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エネルギーで一身独立

自由・自立・自律と、エネルギー問題を中心にサステナビリティに関する有益な情報を提供するための記事を書いています。

【ディスカッション・ペーパー】原子力発電を政治から見るときに必要な視点


原子力発電を政治の視点から見る際に外してはいけない基本的な問題の一つは「拡散した利益と集中した コスト」だ。


・よく聞くのは「拡散した利益と集中したコスト」ではなく「集中した利益と拡散したコスト」で、自由貿易を推進しようとすると日本で農業団体が、米国で鉄鋼や自動車労組がそのことに噛み付いてくる事例を想起すれば理解しやすい。


自由貿易によって国民全体で見れば利益が増すにも関わらず、民主主義国家で自由貿易が選択されない場合があるのはなぜか? 競争力のない業界の団体にとっては、自由貿易によって業界の競争環境を悪化させることを防ぐのは死活的に重要なので、ロビイングに注力し積極的に政府に働きかける。


・一方自由貿易が実現しないことで不利益を被る国民は無数にいるものの、そのことによって一人一人の被るコストは業界団体に属する個人に比べれば微小であり、政府への働きかけも少なくなりがち。このようにして、民主主義の基本であるはずの多数派意見の反映が実現されない。


・逆に今の日本の原子力発電の場合、無数の消費者は「電気代が高くなるのは困る。原子力発電所を再稼働して電気代が安くなるなら再開してほしい」と考えるのが合理的(拡散した利益)。一方立地域(候補)住民は「生活に死活的に重要な海・山・森の価値を貶められたら生活していけない」と考える(集中したコスト)


・どちらが時間を割いて懸命に自分の声を世論や政府に伝えようとするかは問うまでもない。このような与えられた条件の相違を生む構造を踏まえた上で、意見の異なる人とどう対話するかを筆者も検討しなければならないし読み手にも考えてもらいたい。

(本稿は筆者のツイートを加筆修正したものであることを断っておく)


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